Corfield Lumax 50mm f1.9
 

Lens Data

Lens Unit

Lens Photo

発売開始  1961年頃
レンズ構成 4群5枚 ビオメタール型

Start of sales  around 1961
Composition 4 group 5 lens (biometar type)

コーフィールド(K.G.Corfield Ltd. )は英国中南部Wolverhampton(バーミンガム北西10数キロ)、そして北アイルランドのBallymoneyににあったカメラメーカーです(1948-1971)。

ケネス・コーフィールド(Kenneth G. Corfield 1924-2016、1980年にSirの称号を授受)が個人研究から始めた家内工業的な企業で、潜望鏡の仕組みを応用した一眼レフ=ペリフレックスが著名です。

簡単にコーフィールド社の歴史を辿ってみると、(参考The Corfield Story)

ケネスと彼の写真に関わる活動は、その前半生はほとんど英国バーミンガム北西部のWalsall, Bloxwich, Wolverhampton に集中しています。
Walsallで生まれ育ち、10歳でコダックのボックスカメラを手にしてから写真に興味を持つようになり、Walsall Photographic Societyにも加入しています。高校は少し北にある町Bloxwichに通いました。彼は子供のころからエンジニアリングに興味を持っており、16歳でFischer Bearing社で働き始めた後、並行してWolverhampton and Staffordshire College of Technologyの学位を取得しました。

Corfield一家は1947年にそのWolverhamptonに転居しています。

ケネスは雑誌で得た知識をもとに、自身で非常に正確な現像用露出計の試験機を製造し、それをWalsall Photographic Societyで披露しました。それが評判となり、彼は自分の技術で事業を興すことに気づきます。
1948年、試験機をもとに12台の露出計が製品として完成します。それにはケネスの弟で芸術を学んでいたジョンの協力が大きかったようです。この12台はすべて大手写真ディーラーに見本として配られたようですが、その甲斐あってすぐに最
大手ディーラーのR.G.Lewisと商談がまとまり、250台の注文が入りました。そしてこの最初の露出計には、「The Lumimeter」という名称がつけられました。

事業は順調にスタートしましたが、一般企業で仕事をしながら、合間に露出計を製造するような生活にはすぐに無理がきました。初めにジョンが会社を辞め、続いてケネスが会社を辞めるのと同時に、ワークショップの場所も彼らの実家から、WolverhamptonのMerridale 通りにある工場跡に移し、生産の拡大を図りました。それでも当初の広さは8mx5m程度であったようです。
間もなく、会社組織となり、ケネスが社長となります。従業員は彼らを含め5人でしたが、それでも1949年には5000台のLumimeterを販売しました。
続いて彼らは、スプリットイメージ式の距離計「Corfield Telemeter Rangefinder」、そして光学式露出計の「the Corfield Optical Exposure Meter」を新製品として開発します。
一方で、主力製品のthe Lumimeterは機能を強化するとともに生産コストをより抑えた2型へと改良され、1951年には200,000台という驚くべき大ヒットとなりました。
コーフィールド社の拡大は非常にハイペースで、翌1952年にはExaktaカメラの代理店になるとともに、非常に幅広い写真用品を取り扱うメーカーとなっています(すべてが自社生産ではないようですが)。

その成功を見たケネスは、いよいよカメラ生産に乗り出すことにします。

初めは16mmフィルムカセットを活用したモデルなども試作を繰り返したようですが、まもなく諦め、改めて35mmフィルムを使用するカメラへと舵を切ります。
1950年台初頭、ドイツからのライカの輸入はかなり制限的でしたので、カメラディーラー、プロ・アマ写真家などは、すでに多数マーケットに出ている中古のライカレンズ、そしてアクセサリー類の使い道に苦慮していました。ケネスはそこに自分たちの製作するライカ互換性のある廉価なカメラを供給することとします。
顧客のニーズはすでに熟していることから、開発と生産は急ピッチで進められ、ボディには真鍮の代わりに加工が楽なアルミを採用、フィルム給送にはスプロケットを無くしています。苦慮したのはフォーカス・システムでレフレックス機能を搭載することは決定したものの、カメラ上部にはスペースが十分ではありません。ケネスの結論はまったく新しい「潜望鏡システム」の導入でした。
これが有名な「ペリフレックス・カメラ」です。

このライカスクリューマウント(非連動)のペリフレックスはこの後以下のような種類が作られました。(参考:wikipedia, camerapedia)

@ペリフレックス1(Periflex 1 、1954年発売)
  ペリスコープは、降下は手動で、復帰はスプリングによる自動。横走り布幕フォーカルプレーンシャッターでB、1/30〜1/1000秒、X接点。巻き上げはノブ式。初期生産の約200台が黒塗りに茶色の豚革張りで珍しい。
Aペリフレックス3(Periflex 3 、1957年発売)
  巻き上げとペリスコープ降下が連動し、シャッターで復帰する。布幕フォーカルプレーンシャッターでB、1〜1/1000秒、MX接点。シャッター速度は倍数系列となった。ファインダーの画角が変更可能。
Bペリフレックス2(Periflex 2 、1958年発売)
  ペリフレックス3のシャッター最高速を1/500秒に抑え、ファインダー対物レンズが交換できない普及版。
Cペリフレックス3a(Periflex 3a 、1959年発売)
  フィルム巻き上げをレバー巻き上げに変更。ピント合わせのスクリーンがスプリット式となった。シャッター最高速は1/1000秒。
Dペリフレックス3b(Periflex 3b 、1959年発売)
  ペリフレックス3aの黒仕上げ版。FP接点。
Eペリフレックスゴールドスター(Periflex Gold Star 、1961年発売)
  普及版でシャッター速度はB、1〜1/300秒、MX接点。フィルム巻き上げはレバー巻き上げ。フィルム圧板は金属製。
FインタープランA(Interplan A )
  ペリフレックスゴールドスターからピント合わせ機構を省略したさらなる普及版。

交換レンズ

初期レンズは自社製と思われるが、後期にはレンズ光学部の製造はエナ社となったと思われる。距離計は連動しない。インタープラン用と思しきEXAKTAマウント、M42マウントも作られた。
・28mmf3.5 Retro Lumax 1960?
・35 mmf1.8 Super Retro-Lumax 極めて少数
・35 mmf1.9 Super Retro-Lumax 西ドイツ製 極めて少数
・35 mmf2.8 Retro-Lumax 1960?
・35 mmf3.5 Retro-Lumax  初期 
・45 mmf1.9 Lumax  1957  Periflex3の標準レンズ
・45 mmf2.8 Lumax  1957 Periflex3の標準レンズ
・45 mmf3.5 Lumax Periflex2の標準レンズ、そして、最後の35mmカメラMaxim(超廉価版)の固定レンズ
・50 mmf3.5 Lumar, 1953 最初期のレンズ
・50 mmf3.5 Lumar-X, 1955
・50mmf2.8 Lumax  1961?  北アイルランド移転後
・50mmf2.4 Lumax  1961? 北アイルランド移転後
・50mmf1.9 Lumax  1961? 北アイルランド移転後
・85mmf1.5 Super-Lumax 1960?  北アイルランド移転後
・90mmf2.8 Tele-Lumax
・95mmf2.8 Lumar
・100mmf4.0 Lumar,  1957  Periflex3用
・135mmf3.5 Tele-Lumax
・135mmf2.8 Tele-Lumax
・240mmf4.5 Lumar 1960?  北アイルランド移転後
・400mmf/4.5 Tele-Lumax 1960?  北アイルランド移転後

1958年にWolverhampton当局からの勧告によりCorfield社は同市さら転出を余儀なくされ、1959年北アイルランドのBallymoneyに事業を移転しています。

1960年台に入り、欧州各国のカメラメーカーは優秀で廉価な日本製カメラに圧倒され始めていました。

6x6判のコーフィールド66を製造したり、アイルランドのギネス社の傘下に入るなど様々な経営努力がなされましたが、1971年に事業を終了しています。

ケネスはギネス社の資本傘下に入った時点で会社を離れ、通信会社Standard Telephone and Cable社の副会長や、International Telephone and Telegram社の役員などを歴任したのち、1980年にナイトに叙せられました。


 Photos with Corfield Lumax 50mmf1.9
 
2015
Tsukiji Shishi Matsuri
(築地獅子祭り)
 

昨年築地を歩いていて偶然出くわした祭りが波除神社の獅子祭りだったようです。レンズに多少の曇りがあるのか、フレアが少し出ますが、さすがに描写力には定評のあるビオメタール型(クセノタール型)の構成を持つだけあって、非常にシャープな画像で、くっきりとした描写を示してくれました。


I had encounterd a Shishi Matsuri of Nmiyoke Shrine last year.
Because this lens has some fogging inside, it shows some flare but otherwide, it shows very sharp and crispy depiction as it has a composition of Biometar type(Xenotar type.


 
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