素人レンズ教室−番外編その1 
レンズの偉人たち仮想座談会(1) ペッツバール爺さん大暴れの巻
先生 :  みなさん、おはよう。今日は特別授業よ。さあ付いていらっしゃい。4階に行くわよ。
はるか : 4階って、この学校でも危ないからあまり近づいちゃいけないと言われているフロアよ。
ジロー : まるでハリー・ポッターのホグワーツみたいだな。面白くなってきたぞ、、、、、。

(一同、薄暗い階段を4階まで上る。)

先生 :  さあ、ここよ。
はるか : ここって、「ポルタの開かずの扉」よ。
ジロー : 何それ?
はるか : ポルタは、ジャンバティスタ・デッラ・ポルタという人の苗字。16世紀に初めてレンズのことを記述した人よ。当時は魔術師と 思われていたらしいわ。
      だからこの扉の中はかなり恐ろしい物があるらしいから入ってはいけないといわれているの。
ジロー : ・・・・・・・・・。
先生 :  さあ開いたわ。みんな入って。

ジロー : うわあ、まぶしい。部屋中に光が漂っている感じ。
はるか : 先生、この部屋は何ですか?
先生 :  この部屋は、学校自慢の最新施設「タイムワープ3D会議システム」よ。時間をまたいで、メンバーを招集し、立体的に会議ができる システムよ。
      ずっと開発中だったから、みんなが事故に遭うといけないので、はるかちゃんが言ったような噂を流したのよ。
ジロー : ねえ、はるか、何か部屋の中にうっすらと人影のようなものが見えない?
はるか : 本当だわ。

先生 :  今日はこのシステムを使うの初めてだから、まずは歴史順に、近代レンズ開発の初期の偉人達を招待したわよ。
      (マイクを取って)
       さあ、皆さん、会議を始めます。
       それでは本日の出席者のご紹介をいたします。
       シャルル・シュバリエ(1804-59)さん、ヨセフ・ペッツバール(1807-91)さん、J.H.ダルメイヤー(1830-83)さん、P.W.Fフォクトレンダー(1812-78)さん、
       そして司会進行は彼らの業績を全て見てきたパウル・ルドルフ博士にお願いします。


ペッツバール: フォクトレンダーだと!わしはそんな奴と一緒はごめんだぞ。帰してくれ!

ルドルフ :   まあまあ、落ち着いてください。
          ペッツバールさん、最近(と言っても1859年ですが)お宅が盗難にあったそうですね。

ペッツバール: そうだ、置いてあった貴重なレンズ資料をみんな持っていかれた。こんなことをする奴はフォクトレンダーの仕業に違いない。

フォクトレンダー: なんという言いがかりだ!あんたとは円筒形ダゲレオカメラを作っている時は結構うまが合ったんだが、見損なったよ。 
            正当な対価を支払っているにもかかわらず、私を訴えようとするのだから、理不尽な人だ。

ペッツバール: 黙れ!人の発明を勝手に流用した上に、こそこそとドイツに逃げていったのが、良い証拠だ。

ルドルフ :   ご両者とも席に戻ってください。
          とてもこのままでは収まりが付かないでしょうから、まずお二人のご意見を交互に聞いて見ましょう。
          まず、フォクトレンダーさん、お願いします。

フォクトレンダー: われわれ企業人にとって、その発明が販売に繋がって成功するかどうかなんてわからないもの。
                        私は1840年に円筒形の金属製ダゲレオタイプカメラを製造するにあたって、ペッツバールさんの設計したレンズを採用するにあたり、一時金で
            なんと2,000グルデン(フローリン=現代で約1,000万円程度の価値か?)も支払った。
                       これでそのカメラが売れなければ、大損をするのは我々なんだから、当然そのカメラのレンズの権利も我々にある。
                       しかもペッツバールさんはオーストラリア以外では特許も取得していなかったのだから、当然外国での生産は自由だし、本人もそれを認めていたはずだ。
                       生産拠点をオーストリアからドイツのブラウンシュバイクに移したのは、マーケティングとしては当然で、市場規模も技術者の層もオーストリアより
            ドイツの方がずっと厚いから。
                       1859年にお宅に泥棒が入り、貴重な資料が盗まれたことは、同じ光学業界人としてもとても残念だし、お悔やみを申し上げるが、私は勿論全く関係ない。

ペッツバール:  わしは単なる学者で、特許や権利には疎いところを完全に騙された。まさしくフォクトレンダーは詐欺師だ。
           ルドルフ君、わしの1840年のレンズがいかに画期的なものか解るよな。

ルドルフ :   勿論ですよ。

ペッツバール:  シュバリエさんは、わしも尊敬している。あなたのレンズは単メニスカスレンズに「貼り合わせによる色消し」という考え方を実用化し、
           形はただ望遠鏡の対物レンズを逆にしただけのように見えるが、画像は平坦だし、口径を絞り込むことによって収差もそれなりに補正されている。
           また、空気との接触面は2面しかないので、とてもコントラストの高いクリアな写真を開拓してくれた。

シュバリエ:   ペッツバール君、それは私を誉めておるのかね?
          そもそも君たちは、我々フランスの光学研究者の長年の成果を後から良いところ取りをしたのを忘れたのか?
          君たちに誉められたりするいわれはない。

ペッツバール:  なにを言われる。勿論我々はフランスの方々は最大限尊敬しておりますよ。
           ただし、尊敬とレンズとしての実用化は別と思ってください。
           フランス風レンズは当時、残存する収差のため、レンズを明るくすることができず、f15以下に止まったので、動かない静物写真には良かったが、
                     人間の肖像写真を撮るにはあまりにも時間がかかり過ぎましたよ。

           うまく収差を収めつつ、これ以上の明るさのレンズを設計するためには、単なる経験や勘ではなくて、精密な光路計算が不可欠だ。
           あの当時そうした計算に熟練していたのは砲兵隊だけだったので、わしは3人の下士官と人の砲兵を使い、なんと半年間も計算を続けて設計したんだ。
           それが、後にベッツバール型と言われるあのレンズだ。その対価がその程度の一時金だけで済むわけがない。
           ましてやフォクトレンダーはわしの権利を保護してくれるどころか、わしに首を突っ込ませないように、わざわざドイツのブラウンシュバイクまで
           逃げ出して、そこに工場を作って、勝手に製造して売り始め、わしの権利を全く無視しおった。

フォクトレンダー: だからさっき申し上げたとおり、、、、、。  

ペッツバール:  ちょっと待て! その上、わしが1854年にオーストリアでディーツラーDeitzlerと提携してレンズを製造し始めると、今度は国内でも露骨に営業妨害をして
           1862年にディーツラーを潰してしまった。極悪非道な奴だと思わんかね。

フォクトレンダー: もう、信じられない被害妄想爺さんだ。

(二人とも姿が消え、見えなくなる)


ジロー :  あ〜あ、喧嘩別れしていなくなっちゃたよ。

ルドルフ:  本当に仕方の無い年寄りたちだ!

はるか :  あのう、、、。

ルドルフ:  おう、貴女は未来の日本の少女だね。
        (はるかの肩を抱いて、小声で、、)
        本当は未来のことは聞いてはいけないんだけど、どうかな、現代でも私の「テッサー」は活躍しているかな?

はるか :  教えちゃいけないんでしょう?でも、まあ、いいか。
       (小声で、、)
       テッサーは使われてますよ。でも比較的安いカメラですね。それよりも高級レンズの代名詞は、大口径になったプラナーですよ。

ルドルフ:  何と!あの内面反射が多くて使い道が無かったプラナーがか、、、。

はるか :  それは次回以降のこの教室に出てきますよ。
        ところで、質問なんですけど。
        例えばですよ。もし、シュバリエさんのレンズや、ペッツバールさんのレンズで大口径レンズを作ってしまっていたら、どうなっていたのですか?

ルドルフ:  フロイラインはるかはレンズの屈折率や分散、それらと収差の関係をどの程度ご存知かな。

はるか :  そのう、まだ勉強中なものですから、、、、、、。

ルドルフ:  OK、OK。じゃあ、簡単な整理から始めよう。
         (1)写真レンズは外の広い景色をフィルムに結像させるわけだから、どのような組み合わせのものでも、基本的には凸レンズの作用を持っている。
         (2)じゃあ、凸レンズ一つで良いじゃないかというと、
凸レンズは、

          @外側を通る光線ほど屈折が強く、負側(手前)に焦点がずれる球面収差を発揮させる。
          A分散によって、色収差を発生させる。
          B凸レンズはペッツバール和(これもペッツバール先生の偉大な業績だ)をプラスにさせるので、非点収差を収拾(ペッツバール和をゼロにする)ことができない。
          C同じ焦点距離のレンズを異なるガラスで作ると、高屈折率のガラスほどゆるい曲率ですむ(薄くて良い)。
           ゆるい曲率のレンズは発生させる収差も少ない。
          D1886年にアッベ先生とショットさんの協力で新イエナガラスが発明されるまでは、高屈折率高分散のフリント・ガラスと低屈折率・低分散のクラウン・ガラス
           などしかなかったので、色消し(色収差の補正)をしながら、他の収差も併せて補正するのはとても大変だった。

ルドルフ:  う〜んよし、じゃああの二人が戻ってくる前に、美人のはるかちゃんのために、少しレンズの基礎を教えてあげよう。

ジロー :  やったー。
はるか :  あんたのためじゃないわよ。
ルドルフ:  まずは、ガラスの分類から。

 

ルドルフ
:  わかったかな? ガラスという点では私はペッツバール先生に比べて良い時代に生まれた。何しろ、ちょうどアナスティグマットを研究しているところで
        同じ社内でイエナガラスが発明されたからね。
        次は色消しレンズについて説明しよう。


 

ジロー :  なんだか難しい式が出始めたぞ。上から順に確かめながら読まないと理解できなさそうだ。はるかはわかった?
はるか :  何とか付いて行ってるわよ。
ルドルフ:  良かった。 それなら続けていくよ。
        次は「正弦条件とコマ収差の関係」だよ。


 

ルドルフ
:  ちょっと解りにくいかもしれないけど、しっかりと追いついて。
        じゃあ、最後に「ペッツバール和について解説する。


 


(ビー、ビー、ビー・・・・・・・)

先生 :   あら、システムのウォーニングが鳴ってるわ。
         みんな、ごめん。今日はここで一旦授業は終了するわ。
ジロー :  なんだあ。これからペッツバールさんと、フォクトレンダーさんの本格的バトルが見られると思ったのに。

はるか :  少し休んでから再開したほうが、みんな落ち着いてくるかもしれないわ。
        ちょうど良いから、さっきのレンズや収差の勉強をしておこうっと。
        先生、次回は今日の続きで良いですか?
先生 :   そうしましょう。では今日はさようなら。