レイ社は1850年にW.Wrayによって設立されました。会社は始めLondonにありましたが、その後Kent州Bromleyに移ります。Uniliteなどの第二次大戦前後の有名なレンズはここから生み出されました。

設立後しばらくは望遠鏡などを製作していたようですが、その後Rapid Rectilinearや、Petzvalタイプの写真レンズの製造をスタートさせます。
第一次大戦前後にLondon内ですが、Peckhamに移転し、その頃には会社はW.Wrayから、A.A.Smithの手に渡っていたようです。この時期開発された有名なレンズに「Lustrar」があります。Dialyt構成ですが、両凸-両凹-両凹-両凸の典型的Dialyt構成ではなく、第二群は片凹になっています。同名のレンズはマイナーな設計変更が行われつつ、その後長期間に亘って多くの種類が製造が続けられます。

ユニライトのレンズ構成は4群5枚。1944年にC.G.Wynneが設計したもので、ダブルガウス型の変形タイプです。彼は第3群の貼り合せ凹レンズをベンディングの強い凹メニスカスレンズ1枚に簡略化することによって、標準画角での性能向上と画面中央部分のさらなる像面平坦性、非点収差の改善が図られることを発見し、その思想で主に以下の3種類のレンズを設計しています。
@Unilite f2.0、ACine-Unilite f1.9、BCRT用f1.0

一方Carl Zeiss社は戦前にすでに同種の設計を保持していましたが、製品化が遅れ、戦後Biometarとして製造を始めます。その後このレンズ構成はXenotarへと引き継がれ、さらにRolleiflexのPlanar80mmf2.8などもプラナーという名称ですが、基本的にはユニライトの流れをくむと言ってよいと思います。
また、このレンズはWray社の1眼レフとして有名なWrayflexの標準レンズとしても有名です。Wrayflexは1950年に1型が製造されましたが、ペンタプリズムの代わりに2枚の鏡を使用し、さらに画像サイズも24mmx32mmの40枚撮りと変則的でした。その後54年の1a型では通常の24mmx36mmサイズに変更しています。また1959年には2型を開発し、通常のペンタプリズム式1眼レフとなりましたが、時代はすでに彼らの先を進んでおり、このカメラは短命に終わりました。

1960年代にはWray社はRank Industoryの傘下に入ります。Rank Industoryもその後Rank Group Plcというゲーム産業に吸収されました。