KMZ ZK 5cmf1.5
 

Lens Data

Lens Unit

Lens Photo

製造 : クラスノゴルスク機械工場
製造年 : 1948年
構成: 3群7枚 (ゾナー型)
最短撮影距離:apprx 1m

Manufacturing : Krasnogorskiy Mechanicheskiy Zavod
Production year : 1948
Lens Constitution: 3 group 7 lens (sonnar type)
Shortest photographing distance: apprx 1m

Lens Impression

第二次世界大戦でドイツが降伏したとき、Carl Zeiss の本拠地Jenaには米軍が進駐していましたが、ヤルタ協定では米軍は1945年6月末までにJenaから撤退し、ソ連軍が進駐することになっていました。Carl Zeiss Jenaの高い技術力を十分認識していた米国は、撤退直前の夜中に主だった研究者と技術者(カール・ツァイス社85名、ショット社41名、合計126名)を強引に移送。彼らはイエナより遥か西方のハイデンハイム(シュトゥットガルト東方、オーバーコッヘンよりやや南の小さな街)へと移された後、1年後にオーバーコッヘンに移り、粗末な設備で、レンズの生産を再開します。社名はZeiss OPTON(Optik Oberkochenの省略形)です。

一方、ソ連占領下のCarl Zeiss Jenaの工場や設備、原材料、従業員たちは、ヤルタ協定の戦時賠償として翌1946年にソ連に移送されました。このうち、一部の設備と技術者はウクライナ地方まで移送され、コンタックスⅡ型、Ⅲ型のデットコピーであるKievカメラを造り始め、また別の設備はモスクワ州中部のクラスノゴールスクに移動し、KMZ(Krasnogorsk機械工場 )でショット社の硝材を用いてSonnar 50mm F1.5を含むContax用のレンズのコピーが、Contax,Leica両マウントで製造が始められました。

Sonnar 50mm F1.5のコピーレンズは当初「ZK」(ロシア語で「Zonnar Krasnogorskii =クラスノゴールスク製ゾナー」の略)という呼ばれていました。(試作品Jupitarが1947年、製品ZKは1948年から製造) 2年後の1950年にはレンズ名がJupitar-3に変更され、製造番号はZKは000001番からの通し番号であるのに対し、Jupitar-3は頭に西暦年下2桁が付される体系に変更されました。

今回のレンズは、ZKの000320番のレンズで銘板には1948年と記載されています。おそらく光学系はショット社の硝材を含めすべてドイツから移送されたものと思われますが、鏡胴はアルミ製に変更されているので、精度がどの程度確保されているのか定かではありません。しかし、当然当時の担当技術者もドイツからの人間であったと考えられるので、精度は低くないものと思われます。描写はそれを証明するがごとくゾナーによく似た見事なものです。作例でご確認ください。


 Photos with ZK 5cm f1.5
 
2017
Yanaka
(谷中)
非常に日差しが強い日でしたが、強いフレアが出ることもなくすっきりとした描写です。しかし決して硬くなり過ぎず、どこかやさしさを感じさせる写りは、ゾナーf1.5と共通しています。それは材料も設計もオリジナルそのものなのですから、当たり前ですね。

谷中は家からも近いのでよく散策しますが、この2年くらいで外国からの観光客の数が何倍にもなったように感じます。しかも欧州の方の比率が高いのでしょうか、何回かフランス人から道を聞かれたりしました。今年は日暮里駅から谷中墓地を抜けたところにある地ビールバーの「谷中ビアホール」さんに良く通いました。スタッフの方たちもとてもフレンドりーですし、古民家で飲む地ビールはのんびりと癒されます。隣接する手作りパン屋さんのパンドミやハチミツのパンも大好物で、毎日買いに行けないのが残念です。
     
 
 
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